旅の途中:スピッツ

金曜日の夜、なんとなく約束していた夕飯の誘いを断り、夜9時まで残業した。その帰りに寄った本屋でこの本に出会う。スピッツが結成20周年にあたり書き下ろした書籍だ。
前日の夜わけもわからず眠れなかったおかげで、かなり疲れて眠かったのだけれども、ipodを聴きながら(もちろんスピッツを聴きながら)、なんだか一気に読んでしまった。おかげで今日も眠い。
 
バンドのライフステージを年代順に章立て、全ての章においてメンバー全員が執筆している。対談も写真も曲の解説もイノセントなアンケート(もしスピッツでバンドをやってなかったら、何をしてた?)も一切なし。つまり一言で言えばかなり濃い内容であった。
文章はおそらく、書下ろしとは言いつつもゴーストライターによってかなり加筆修正されているのだろう。文章の、ストーリーの粒が揃いすぎている。でも、書かれていることは紛れもなく本人たちがその時々に思っていたことなのだろう。他人が書いたにしては、リアリティーがありすぎる。
 
ここに書かれているのは、パフォーマーとしてのアーティストとしてのスピッツではなく、クリエーターとしてのスピッツ。そのほとんどは、音作りに苦悩し、そして自分たちなりの結論を出していった課程である。「音作り」と言っても、いわゆるアーティスト的な意味における「音作り」の話ではない。どのアルバムを作るにあたってどんなプロデューサとともに、どんな試行錯誤を重ねて、ドラムの音を、ベースの音を作って行ったか、みたいな話ばかりが書いてあった。いわゆる「ファン」の人々がこの本を読んで、果たして楽しいのかはよく分からないけれども、気がつけば自分はこの本を、今置かれている自分の立場に置き換えて読んでいた。ケーススタディとして読めば、下手な指南書よりもよっぽど面白かった。
 
確信を持って進めた仕事がぜんぜん上手くいかなかった時の虚脱感。
全く想定していなかったタイミングでの大ブレイク。
ブレイク後に訪れた様々なしがらみ、楽しいばかりではない成功。
望まない仕事の依頼と、それを楽しもうとする姿勢。
満足行く仕事をしてしまった後に残る「やり切った感」が生む、
上手くいかなかった時とは違う種類の虚脱感。
そしてそれでも、自分たちを取り囲む人々のために
「プロになろう」と、自分を変えていく姿勢。
それらは、
それなりに仕事を真面目にやっている人間であれば、
それなりに人生を真面目にやっている人間であれば、
誰しもが経験したことのあることなのではないかと思う。
 
メンバー全員が何度も使っている言葉がある。
「この時、一度スピッツは終わったんだと思う」という言葉だ。
仕事においてもそうだし、もちろん広義の意味における人生においても言えることだと思うけれども、この「一度終わってしまう」感覚は大切だ。仕事が、人生が上手く運んでいる時、僕たちはしばしば変わることを畏れる。そして、その一番良い瞬間がすっかり終わってしまった後も、僕たちは尚、変わる事を畏れる。たとえそれが自分の仕事から、人生から可能性を奪ってしまうことになろうとも、変わらないことはやはり楽な選択だからだ。
 
楽な人生を選択することも悪くない。そういう選択をする人を真っ向から否定することが出来るほど、僕自身も果敢なチャレンジをしているわけではない。でも、自分よりも若い人たちがそういう選択をしているのを見るにつけ、僕が30歳になった時、自分に課したコトバを思い出す。それは、こんな青臭いコトバだ。

『諦めること』は、後になってもできる。
でも、『諦めないこと』は、今しかできない。

仕事で悩んだとき、人生の岐路に立たされたとき、僕は幾度となくこのコトバを思い出し、そして何とか踏ん張ってきた。このコトバはスローガンであり、それと同時にほとんど「呪い」のようなコトバだった。自分が自分に諦めることを否定するのだから。未来の自分には認めた『諦め』は、決して今の自分には赦されない選択なのだから。でもそのおかげで、決して褒められた人生ではないけれども、僕の人生をバカにする奴と喧嘩できる程度には真摯に人生と向き合ってこれていると思う。
 
 
20年を振り返り、「まだ旅の途中だ」と言い切れるスピッツはかっこいい。
 
 
・・・おそらく20代の自分であれば、そんなコトバでこのエントリーを締めくくっていたのではないだろうかと思う。でも今の自分にとって、旅の途中であるのは、もはや自明の理である。
旅の終わりは或いは、人生が終わる時にも訪れないものだと思う。20年だろうが30年だろうが、言うまでもなく「旅の途中」である。終わりのない旅なのだから、終着点の分からない旅なのだから、行程にあわせて自分が変わっていかなくてはならないのは、当たり前のことなのだ。
 
少なくとも、もうすぐ35歳になる自分は、まだそんな風に考えている。
我ながら、青臭いと思う。
 

旅の途中

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